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2021.10.14 (Thu)

SDGsとその違和感


皆さんは「SDGs」という単語をご存知ですか?正しくは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」といい、「えすでぃーじーず」と読みます。
SDGsは2015年9月の国連サミットで採択された、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた環境目標…らしいです。(ああぁ話が堅苦しい…)

 性格がひん曲がった私が思うのは「G20で決めたことすら守れない各国首脳陣が、SDGsと名称を変えてやんわりと発信し、民間にもそれなりの責任を負わせよう…ってことで言い出したうわべだけのスローガンであり、ただの綺麗ごとだろう」って気がするってこと。いや~ホントに私、性格悪いわ。
(だって、2015年採択だけど、こんな話聞こえてきたの2020年頃からですよ?)

 昨今ではテレビ・ラジオやネットでもそれなりに話題として取り上げられているようだが、聞こえてくるのは「17の目標」があるらしい…ってことだけ。それも17って…多すぎて憶えられない。肝心な「で?そのためには?」という部分もよくわからない。
というか、たぶん未だに「何それ?」って人も多いと思うのだが。

 しかしながら、その実、個人レベルでは分かる必要がないのかも知れない。
『持続可能な【開発】目標』という文言を見れば、個人で何かを開発してる人って、ほとんどいないに等しいだろうから。
ただ「じゃあ、何でわざわざ民間の放送などで取り上げてるの?」という新たな疑問も湧いてくるのだが…。

 まぁ確かに昨今地球温暖化とか、海面上昇、気候変動その他諸々、地球環境の著しい悪化によって、さまざまなことが問題視されていますが…
例えば発電。国内では総発電量の1/2(以上?)を原子力に頼っていたが、震災の影響で厳しい状況に追い込まれた。やむなく代替を火力発電で賄う状況も、国外からは「環境によろしくないのに何事だ」などと指摘され、(何だかよくわからないが)将来的には水素を一緒に燃やすことでCO²排出量を抑制する方向で調整…という方向性を示しているとか…。そんなんで排出量調整できるの?なぜ今やってないの?懐疑的になるよね普通。

 あるいは自動車。
「2030年をメドに内燃機関で走行する自動車の新規販売を事実上認めない」方針を各国が次々に打ち出してくると、日本もそれに乗っかった…が、自動車業界が反発しているとか…。開発・製造の現場では「電気自動車を生産する方がCO²の排出量が多いなど、むしろ環境に良くない」「簡単に期限を切られても、必ずしもスムーズに開発できるわけではない」等々が反発の理由。消費者側の立場で言えば、そうやって作られた新しい自動車っていったいいくらするの?一般人が買える範疇の価格帯なの?って内容でかなり心配にはなる。

 さて、ここまでは前振りなのです。あとは私の個人的な所感の話。
これまでのお話を踏まえ、個人的にはもっともっと心配なことがある。いや、たぶん皆思ってるはず。「このままでは将来、絶対的に電力が足りなくなる」ってことを。
例えば、今現在。すべての自動車が突然電気自動車になっちゃったとしましょう…。
その電気はどこから供給するのでしょうか…。コンセント?給電施設?いやいや、
そういう設備的な話じゃなくて…。

日本に視野を限定してみれば、原子力で潤沢に電気を作り出した過去とは違い、今は火力で何とかしのぐ状況で、その電力はこれまで通り各家庭、もの作りの現場や経済活動、信号や街頭などのインフラに使うためのもので、自動車に供給する電力なんて想定していないでしょう?国内ではナンバー登録車が8,000万台程度あると言われています。毎日充電する必要はないでしょうが、何千万台もの車の充電を、今の電力供給量で賄えるとは到底思えません。これは日本に限ったことではなく、どこの国でも同じようなことが言えるでしょう。たとえ原子力に回帰したって同じこと。明確に電力が不足する未来しか想像できないのですけれども…。

 さらに、内燃機関の車から電気自動車の車へ変わりつつある過渡期には、需要減に伴うガソリンスタンドの閉店で、残った店舗に車が集中し、並ばないと給油不可にならないか?
一方、電気スタンドはインフラ整備が遅れ、やはり大混雑。既存のマンション住まいの方々は自車の駐車場に給電設備がなく、車自体の価格も高騰。人口密集地での自家用車所有はますます厳しくなりクルマ離れもやむなし。それどころか、新たな発電所建設も進まず(そもそも何発電なの?によって近隣住民から反対される恐れもある)その頃にはバイクも車椅子も自転車も何もかもが概ね電動化に拍車がかかっていて、結果・先進国でありながら停電なんて日常茶飯事…かも。地球温暖化と言われ、気温は上昇しているのに暑い夏にクーラーはおろか扇風機すら動かせなくなるとか…ああぁ考えただけで恐ろしく、そこはかとない不安が…。まぁ、勝手な妄想と言われればそうなのかもしれませんが…。

 皆さん、「えすでぃーじーず」とか呑気に唱えている暇はありません。
ホントに実現可能なのですか?大丈夫ですか?結果的に今以上の格差社会を生んだりしないのですか?個人的には相当疑わしく、詐欺商法に乗っちゃった的感覚があります。
願わくばここ5年くらいの間で『あの気持ちは只の心配し過ぎだったね…』と思えるほどに、世の中代わって…前に進んでたらいいのですけれども。



13:55  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.10.14 (Thu)

太っ腹顧問の軽~いお話し

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最近、写真のようなポケット・ラジオを百均で買いました。台所用品を買いに行った時、
レジ脇に陳列してあって、800円という価格に思わず衝動買いしたのです。お陰様で、ステイホーム週間の真っ最中も、イヤホンで放送を聴きながら、記事を書いていました。人生には何かを変えないといけない時がありますが、それが楽しいことでなければ苦痛なので長続きせずにうまく行かないで尻切れトンボに終わることが多いですね。
私は事務所と自宅の往復を30分ほどのウオーキングにしてダイエットや健康管理を兼ねて行っています。ウオーキングは目的なくダラダラと歩くだけなら長続きしないので、このポケット・ラジオが大活躍しているのです。
プチ改革と言いますが、このポケット・ラジオのような小道具が必要ですね。ラジオを聴くことで「楽しい」がウオーキングに加わったのです。「楽しい」を実感できるから天候が悪い時でもウオーキングを継続できています。さらに、番組が楽しかったら、もう少し聴こうと回り道するようになりました。楽しい番組が増えたので、歩く距離が伸びています。
お陰様で体重が75kgになり、身長マイナス100という当初の目標値をクリアできました。歩くという単純な運動ですが、ラジオを聴きながらという事で楽しい運動にプチ改革できています。ホンマ、こんなプチ改革ですが、何かを変えるのに小道具が必要と再確認しています。
13:52  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.06.02 (Wed)

携帯電話

携帯電話料金が一斉に値下げされてもう何日くらい経ったのか、一律とまではいかなくても概ね3000円くらいでそれなりの通信量が確保できて、消費者には嬉しいところ…が、ホントのところ果たしてそうなのかどうか。この散文が世に出るころにはそれなりの評価も出揃うのではないかと推測していて、携帯電話キャリア変更はその頃くらいからゆっくり考えればいいのではないか…と呑気に構えている訳ですが…。

 しかしながら、何だか「上手い話には裏がある」的な疑問もない訳ではない。
例えば、機種変更した際、仮に6万円くらいの端末を2年払いで買ったとしよう。返済は概ね月3,000円程度になり、基本契約と合わせると6,000円程度…。あれ?これって対して安くなっていないんじゃないの?なんて考えたりする。
まぁ、詳しく調べた訳じゃないんで知らんけど。

 あと、これも詳しく調べた訳じゃないけど、ネットでの契約専用…って縛りもあるようで。
ネットで契約したら、端末なりシムなりが送られてきて、簡単な設定ガイドみたいな書面が同封してあって、後は自分でやってね。分からない時はネット見てね。みたいな何とも投げっぱなしジャーマンみたいな様相。機械関係が不得手な人はネット予約なんかできないんじゃないか?あるいは、送られてきた機器を上手く扱えず、永遠に開通できないんじゃないか?とさえ思える。ガジェットいじりが好きな私でさえ正直面倒な話で、これまでのようにショップに行って、展示してる携帯指さしつつ「これに機種変したい」と希望を告げたら、あとは待合でボーっと待ってたらハイ機種変完了!みたいなことを、どうしてやってもらえないのか。
「安くしたから?」そんなの屁理屈じゃないの?これから末永く使うってのにそんな対応でホントにイイの?そのあたり気になってしょうがない。

 こういうこと書くとそれなりに反発を食らう可能性もあるのですが、(一個人の素朴な意見ですから堪忍ね)昨今、携帯電話の発達と生活への浸透が行き過ぎていると感じている私にとって、むしろ携帯料金は上げる必要があったのではないかと思うのですよ。携帯が世に溢れる今の世の中、便利になりましたか?まぁ大勢はそうおっしゃるでしょう。私も多少はそう思います。
ですが違和感もある。自身の経験では、友人の電話に出られなくて、後でかけたら物凄く怒られたことがあります。「何のための携帯か!」などと結構語気を荒げて。
私は「この携帯はお前のために買った携帯ではない。私が便利に使えるように買ったのだ。
私が電話に出るか出ないかは私の都合で決めても何ら問題はないはずだ。そもそも出られないタイミングというものもあるだろう。自動車運転してたんだよ。そんなに大事な話なら、留守番メッセージを入れればいいだろう。なぜメッセージを入れないのだ?」
と反論。結局モメてお別れに至りました。
家にしか電話がない時代では、そんなつまらない言い争いも起きなかったでしょう。
(ちなみにその友人、こっちから電話かけてまともに出たことはほとんどない。まさに棚上げの匠と称されるにふさわしき人物でございました)

スマホ全盛になった今では、SNSもできるしゲームもできる。便利ですね。でもどうでしょう。SNSでは誹謗中傷のやり取りが日常ではないですか?高い匿名性を悪用し無責任に言いたい放題。死者すら出ています。うなだれるためにスマホを手に入れた訳ではないのに。
ゲームはどうですか。楽しいですね。やめられないですね。歩きながら自転車乗りながら車運転しながら。結果こちらも死者が出ています。特に乗り物に乗って運転しつつとか常軌を逸してる。外向きにドライブレコーダつける前に自分の襟を正せ、と言いたくなります。あるいは課金ゲームにアツくなって、気が付いたら課金しまくりの極貧生活、はたまた借金地獄…って話も聞こえてきたりしますね。

ってな訳で、まぁ好きなように書きましたが、結論は
『気軽に持てないように高額にすればいいんだ』という考えです。
ちなみに、私は携帯が高くなったら手放します。そして手放すことに不都合はないと思う。
世の中他にやることだって実はたくさんある。携帯が傍にあるから気が付かないだけで。

もうひとつ、携帯料金が安くなることで懸念していることがあります。
「どうして政治家は携帯料金が高すぎる…って執拗にキャリアに圧力かけたの?」ってことが何だか気になる。「世界的に見ても日本の携帯電話料金は高い」とか言ってるけど、細かく見れば価格差がある製品やサービスなんか、他にいくらでもあるでしょう?
私、将来的に「通信税」とか導入しよるんじゃないか…とか、結構本気で疑ってます。
だって、酒も煙草も税収が確実に減って、近い将来電気自動車が全盛になると、ガソリン税も金額的には見込めなくなりますよ?安定した税収を、広く一般的に公平に徴収しようとすれば、もう「空気税」「水税」「通信税」くらいしかないんじゃないですか?(あとは消費税率の引き上げ…)これまでの一連の流れは、まさに「通信税聴取のための動き」なのではないでしょうか? いやまぁ、勝手に妄想してるだけですけど…ね。

 余談ですが、冒頭でキャリア変更の検討うんぬんと書いてはいますが、なんとなく自身の結論は見えている。当面現状は変えない。既にメジャーなキャリアと、格安なキャリアの両方を持っているから…。(爆



09:56  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.06.02 (Wed)

商社のスマイルカーブ


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上掲は名古屋のH社の機関紙にS社長が掲載された記事にあった

「商社のスマイルカーブ」です。

このカーブの底にあるのは「定価品の売買」とあります。

ネット販売などを見ると非常に低価格で販売しており薄利多売と言っても

事業として成り立つのかと疑問に思うケースが多いです。

おそらく、大量に仕入れて原価を下げていると思われますが、

B2Bの場合、一品だけ安くても商売にならないので、幅広く

在庫するには資金的にも死蔵化というリスクにも厳しい状況なので、

在庫範囲を絞って得意分野でターゲッティングするマーケティングが

主流になっています。

H社はユーザーに直接する販売店様なので、ユーザーのニーズを

掘り起こして、例えば、機械器具の分野ではメンテナンスや再研磨などにも

着手され、海外メーカーの代理店になり専門性を強化されています。

一方、加工やオリジナル商品の設計・製造のファブレス・メーカーの軸にも

挑戦されています。

このように、トヨタなどの大手メーカーの海外展開に沿って事業展開され

るので、絞った領域でファブレス・メーカーとして供給する形態になって

おられます。自社の立ち位置を明確にされて、個々の顧客に対して戦略を

決めて全社一丸となって活躍されています。各営業所毎に戦略が異なるので、

まさに、ポジション毎に役割が違うラグビーの「ONE TEAM」という言葉

どおりの姿を、H社で見る事ができるのです。

一朝一夕には真似ることはできませんが、「できる事からコツコツと」の精神で

真似て行きたいと思います。



09:51  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.02.25 (Thu)

小惑星探査機はやぶさ2の帰還

  何が『帰還』だよ…。
TVのニュースなどで『いよいよはやぶさ2が帰還する』という話を目にする度に、私に沸いた感情である。
この部分だけを切り取るならば、何だか冷たい人の発言に聞こえるのだが、自身は「私は冷い人間ではない、むしろ冷たいのは世間の方だろう。」と世の中を敵に回すようなことを勝手に思っている。そう、冷たいのは世間だ。何度でも言おう。(無謀)

 初代はやぶさが「小惑星イトカワ」に到着し、石や砂などの採集に成功した際、あらゆるメディアで紹介されたのは既にご承知の通りだ。少なからず私も特集番組や何やらを、それなりに観ていたのだが、初代はやぶさはトラブル続きだった。記憶が正しければ、通信が途絶えたり、搭載するメインエンジンすべてに異常が発生して、予備エンジン(姿勢制御用のイオンエンジン…だったような)だけで航行せざるをえなかったり…その他、やることなすことが上手くいかず、大変だった…という内容のものだった。だが、次々と襲いかかる逆境をいつも何とか乗り越えて、愚直にミッションを遂行する初代はやぶさのその姿に、私はひたむきさと健気さを見出したのだった。番組を見て共感し、思わず手足に力が入ったのは言うまでもない。

 ところがいよいよ地球に帰還する…となった際、私は違和感を覚えたのだった。
「まてよ?よくよく考えたら初代はやぶさは大気圏で燃え尽きる設計だよな?それは帰還とは言わないんじゃないのか?」そんなことを思い出したあたりから、何とも言えない気持ちが持ち上がってくる。
「帰還」とは言わない?じゃあ…適切な表現は何?…自身で考えた結果、
【地球に帰ってくる = 大気圏で燃え尽き灰になる = 自決を指示されている】という
結論に至ったのだった。

そんな馬鹿な!これまでに遂行してきた偉大なミッションを、トラブルを抱えつつ乗り越えたその姿は、与えられたプログラムを淡々とこなす冷徹な機械であるということ以外にも、何か思うところがあるはず。それが人の心というものだろう!大気圏に突入して、燃えて灰になるのが帰還だと?何とか無傷で地球に帰してやれないものか!(厨二病気味)
…どこにでもいるような、オッサン的凡人1名がそのようなことを自宅で悶々と考えたところで、何がどう変わることもなく、「帰還する日」がやってくる。

 初代はやぶさは、自身が採集したイトカワの砂が入ったカプセルを、あっさりと手放して地球に落とし、最後のミッション「地球の衛星写真を撮影すること」を遂行。そして自らも大気圏に突入し、本来の予定通り燃えて消失したのだった。

 大気圏突入の当日の朝のニュースでは、まだ暗い夜空にまるで流れ星が帯引くように燃え落ちる初代はやぶさ。それらを一目見ようと望遠鏡を持って高台で待つ人々の声を放送していた。「・・・綺麗。」集まった人々のつぶやき。
それを見て私は不覚にも泣いてしまった。

何が綺麗なものか。
初代はやぶさが地球に投下したカプセルは「自身が生きた証」
最後に撮った写真は「帰りたかった故郷」
人々が「綺麗」と言ったのは「はやぶさの死に様」だ。
これを「綺麗」というのか?どれだけ冷血なんだ世間というものは。
初代はやぶさは帰還なんかしていない。大気圏に突入し燃え尽きて灰になったのだ。

研究者の期待を背負い、見事に偉業を成し遂げた。
だが、はやぶさにもし感情というものが備わっていたとするならば、はやぶさの願いは
きっと叶っていないのだ。これが泣かずにいられるか。とても不憫に感じた。

ホントに何とかならなかったのかと思う。
「国際宇宙ステーション」というものもあるのだし、
そこに接舷させてどうにか回収し、博物館に展示するとか、何かできたような気がするのだが。何でもかんでも「コスト」とか「効率」とか。夢がない世の中になったもんだと思ってしまう。

そして昨今の「はやぶさ2」の帰還。
私の心はまたもやモヤモヤし、結果として今回はそれらの情報を極力避けてきた。
しかし今回巷で言われた「帰還」は、地球に接近してカプセルを投下したら別のミッション遂行のために地球を離脱する…の意だった。
いや、それも『帰還』って……表現がおかしいやろ?
とはいえ、今回は大気圏に突入することなく、私の気持ちも安堵したのだった。
というか、何とか本当の『帰還』ができるよう、粋な計らいとかないのか?と思う。

……ちなみに、
このような「モノ」に「人のような感覚」の感情を抱くのって、日本人特有らしいですね。
欧米では理解できない感覚らしい…。
あんたらには「感受性」ってもんがないのか?
…これはあくまで個人的な反論ですが。


15:00  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.02.25 (Thu)

太っ腹顧問の軽~いお話し

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上掲は、船井総研創業者の故船井幸雄先生の似顔絵です。
「流通の船井、管理の田辺」と言われた民間系コンサル会社
の神様のような方でした。
先生は「福の神様には後ろ髪はない」とご自身をネタに話さ
れて、普段から即応できるようにする事を重視されていま
した。また、先生は格言として
「時流適応力相応一番」と「素直プラス発想勉強好き」
の2つが成功する方に共通する事とされていました。
「時流適応」:目先の流行を追うのではなく10年のような
スパンで考え
「力相応」:長期的な目標に対して今できる事から始めて
「一番」:商圏とかお客様とかで一番を目指す
「素直」:他者から指摘された事を受容して自分なりに
反省し
「プラス発想」:反省をバネにして
「勉強好き」;決めた事をトコトン追究する
という風に話されていました。
特に、「勉強好き」はセミナーや異業種交流会などで勉強
する事ではなく、それを自分のものに取り入れて実践でき
るようにする事とおっしゃっていました。
先生のセミナーはいつも満員でしたが、ドンドン新しいこと
を紹介しても
聞いて理解できる方は3%、
さらに、実践して成功する方は3%、
つまり1万分の9(0.09%)なのだから
、ドンドン話しますよとおっしゃっていました。
つまり、「現場で実践できない理論は邪魔」と言いますが、
「よい話」をされても他人にとっては「どうするの?」と
訊きたくなる事が多いのです。これでは「邪魔」なのです。
その「邪魔」を実践できるレベルにすれば「理論」が「術」
に変わるのです。
「いいな!」と閃いたら「どうすれば」と考えて
「出来る事」に落とし込むことが大切という教えです。
この「いいな!」を「出来る事」にするか否かの
「ちょっとの差」で少しずつ人生が変わって行くのです。
まずは「而今」と言いますが、何事も始めるのに「遅い」
ということはなく、筆者は71才になりましたが、若い人と
交流して「出来る事」を増やして行きたいと思います。
スマホを活用してSNSにチャレンジです。




14:32  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.10.30 (Fri)

料理宅配サービス

 皆さんはこんな経験ありませんか?宅配ピザ屋に電話で注文しようとして…電話に出ない。何度かかけたらようやく出て「今、宅配は1時間待ちです」「いいですよ、待ちます。」
「あ、3時間待ちくらいになるかも知れません」「・・・(怒)」ってな話。
何で言い直すの?そして晩飯にしようと思って電話してるのに、深夜まで待つ暇で間抜けな客が何処にいるの?あと、「3時間待つ」って言ったらほんとに深夜に持ってくるんだろうな?などなど。文句のひとつも言いたくなる。

「もう電話してくんなよ、宅配宅配ってうるせーんだよ無理だよ。」という裏の声が聞こえてくるような錯覚に陥ってしまい、冷静になれません。思い出しつつ書いてるけど、既にイライラしてるもんね。
宅配ピザ屋に限っては最近、店に買いに行ったら何割とか、半額とか割り引いてくれて…というか、高いなぁと思ってたピザは、意外と配達料がかかってたんだとあらためて感じたりなんかして。
ただ残念だったのは、半額になる…ってんで実際に買いに行ってみると、ベルトコンベアがついた鉄製の機械で、自動的に焼いてたりして…なんだよ…、レンガ造りのピザ窯で焼いていると思ってたのに…近代的なオートメーションかよ…と、少々落胆。
見たくなかったなぁ…あれは。

 まぁ、それはいいとして…
昨今「ウーバーイーツ」をはじめとする料理宅配サービスなるものが流行っているらしい。私は古い人間になりつつあるのかも知れない。「流行ってるの?ホントに?」って感じがするからだ。ただ、そういう会社名が書かれた四角いカバンを背負った輩を頻繁に目撃するので、信じがたいがホントに流行っているのだろう。まさか意味もなく会社名が書かれたカバンを背負って、夜な夜な自転車で爆走するのが流行っている訳でもあるまい。アディダス着て夜な夜なコンビニにたむろするヤンチャ者じゃあるまいし。

 昔の料理宅配といえば、「出前」であって(今でもそうか)、普段直接店に行くと厨房で調理してるオッチャンか、調理補助をやってるアンチャンか、あるいは接客をやってるオバチャンが出前も担当してる…ってのが一般的だった。玄関のチャイムが鳴ってドアを開ければいつもの店の馴染みの顔が「まいどォ」って言いつつオカモチを開ける…って感じ。
「いつもの…」って安心感があると思う。ホント、まさに「まいど」のセリフがドンピシャなのです。

 一方で、昨今の料理宅配サービス。店側のメリットは出前要員を雇用しなくていいとか、今まで出前していなかったところが参入しやすいとか、まぁいろいろあるのでしょうが、私にとっては「馴染みの店の人が持ってくるわけではない」というところに違和感が。
いや、もっと言うならば「お店の関係者じゃない、何処の誰か分からん奴が、個人情報とでもいうべき私の所在を把握してやってくる。」のです。
いやいや、さらに言うならば「料理人の熱い思いなんぞ、まったく理解していない人が、ちょいとした小遣い稼ぎのために、システマチックな業務手順にのっとって、クールかつドライな気持ちで持ってくる」のですよ。
 まぁ簡単に言うと、「俺の自慢の料理を食ってくれ!」って料理人と、「お前の作った料理が食いてぇんだ!」っていう客との間を取り持つのが、事情も知らん妙にクールな奴…ってなイメージなのです。(まぁ、だいぶ誇大な表現ではありますが)んで、クールに宅配料を持っていくわけです。
で、同じ料理店に頻繁に宅配料理頼んでも、届けに来るやつは毎回概ね違う奴なのです。
「まいど」感まるでなし…。んー、やっぱりなんか違うような…。

 また、配達前に事前にどんな人が宅配に来るのかスマホアプリで写真とか、情報がくるらしいのですが、「今から伺うのはこんな顔の人ですよ」「怪しい者じゃないですよ」ってのは分かるんだけど、厳密に言うと顔分かっててもそれで安心するかどうかはまったく別の問題だよね?料理店が信用して雇用した人じゃないんだよ?怖いよ普通。
 あと、苦情もよく聞きます。交通マナーが悪い…とかは既にTVなどの報道で頻繁に言われているのですが、とあるラジオで「宅配寿司頼んだら、酷く偏ってて寿司飯もネタもバラバラ…自転車で転倒したんじゃないのか?ってほど酷い有様だった」ってエピソード紹介してました。
前述ですが、「料理人の思い」を理解している人だったら、こんな酷い仕事はできませんよね。

 まぁ、でも、流行ってるらしいのですよ。
私はやはり「昭和な人」なんでしょうかね。
ただ、この仕事に従事している人に伝えたいことがあるとするならば、
「料理宅配は料理を運ぶ仕事ではない。料理人の思いを運ぶ仕事なんだ。」
これですよね。
まぁ、もう少し悪い噂が聞こえてこなくなった頃に、一度試してみるのもいいかもなぁ…。
偏ってたりバラバラだったらシバきますけどね。(怖っ)
「こちとら料理代と別に、オメェの宅配業務にもちゃんと金払ってんだよバーロー!」
とか言いながら…ね。(関係ないけど、「バーロー」って死語ですね…)
でも、すぐ「○○ハラスメント」とか、ドライに返されそう。嫌な世の中になったなぁ。



10:46  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.10.30 (Fri)

太っ腹顧問の軽いお話し

志村流



上掲はコロナ感染で亡くなられた志村けん著「志村流」という本です。

8月3日の読売新聞朝刊の「編集手帳」で、志村さんが芸人を目指す方に向けて

「何をしたいか、すぐ答えられるか」

「これだけは自信がある、という特技があるか」

「他人から『ちょっと変わっているね 』と、よく聞かれるか」

の3つの問いに全てYesでないと思い留まれとアドバイスしたとの事です。

この3つの問いは経営者やリーダーになる方にも重要と思います。

例えば、サラリーマンの方が役職についても何も変わらずにいるという

ケースが多いのです。つまり、「何をしたいか」がないので仕事で優れて

いても変わる方向性が自覚できないのです。

単純に給料が沢山欲しい高い役職につきたいという思いでも構わないが

「ちょっと・・」と指さされるのが嫌で周囲に合わせてしまうという事が多いです。

この「何をしたいか」は2世3世の経営者にも欠如するケースが多いのです。

生まれた時から会社があり、周囲も後継者と気を使ってくれる環境なのです。

こんな状況にならないように豊田佐吉翁は「障子を明けよ、外は広い」と言って

自動車に専念させたのです。この成功から「一人一業」主義が始まったのです。

トヨタホームのように家づくりにもチャレンジしています。

ある会社では3代目さんが「物づくり総合支援」と言って、役務提供の仕事を

始めて社業を伸ばしておられます。本業の機械工具販売で築いたお客様に

プラスオンする事業です。

時代は人件費を抑え、かつ、内製化で技術が社内に蓄積するという二律相反の

課題を突き詰めているのですが、その時流に乗っていく努力をされています。

役務提供とは訓練を受けた作業者を提供する事なのですが、そこは「人」と

いう事で大変な問題がころがっているのです。

この次から次へと起こる問題を乗り越えてノウハウと人材を蓄積されています。

当然、「若さ」=「信念」x「実績」x「希望」というサミュエル・ウルマンの「青春」の

詩のように課題を克服する度に「信念」x「実績」が高まり、さらなる「希望」へ

発展されて若々しく活躍されています。

「何をしたいか」という問いに「看脚下」で自分の周辺を見渡すと「役務」という

課題が見つかったように、今、何もないという状況なら、今一度、周辺を見渡し

て課題を見つける事をお勧めします。




10:39  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.07.21 (Tue)

コロナとTVと総集編と。

先日、TVで動物関連の番組を見た。
「志村どうぶつ園」だったか。
親戚の家だったので、たまたま見る機会があっただけのことで。
何というか、コロナウイルス感染症の関係で、志村けん氏は亡くなってしまったのだが、番組はタイトルもそのままで残っているらしい。
まぁ、私は彼がドリフターズ参入の頃生まれたおかげで、幼少の頃からずっと楽しませてもらっていたクチだから、心には穴がポッカリ空いたままなのだが。
私が死ぬまで、これからは誰が私を笑顔にしてくれるんだい?嗚呼…とまぁ、こんな感じ。
いやまぁ、今回は氏の話ではないので本筋に戻すと、

TVも昨今は大変だ。収録はできない、撮りためたものも底をつく、…で、「これまでの総集編」みたいなものを各番組とも流している訳だ。私なんかは普段そんなにTV見なくなった(というか、家庭内においてチャンネル選択権は私にはない)ので、初見だったのだが、「カモの親子のお引越し」の総集編的な内容だった。

この番組がそうさせたのではなく、一般的にカモは子供が卵からかえって暫くするとお引越しをする。そういう習性のものだ。生みやすい場所と育てやすい場所を選んでいるというわけ(?)ただ、現代社会においてカモのお引越しというのは極めて困難である。人間が住みやすいように環境が替えられた結果そうなってしまうのだが、その他動物たちの多くがそうであるように、カモもまた。人間が歪曲させた生存環境の中でも一途に本能を貫き通すというか、そういうひたむきさがとてつもなく愛おしい。

アスファルトを歩くカモの親子。側溝に落ちたり溝蓋にはまったり、またそうならないように周りの人間が見守ったり、でも直接介入はしなかったり(それが正しい)とか。
TVで見ていると「ああもう!抱きかかえて連れてってやれよぅ!」と悶絶するのだが。実際に現場にいる見守ってる人たちは、私より悶絶しているに違いない。なんて思ったりして。

で、ついて来るのが遅くて見えなくなった雛とか、側溝に落ちて泣いてる雛とか、川の流れに翻弄されて身動きが取れない雛に気が付くと、親カモは周りを執拗に探す。人間目線から見れば「ここだよ!ここにいるよ!もう連れてってやるから!」と言い出さずにはいられないもどかしさ。
だが、ちょっと気が付くことがある。
なんだこれ…スゲーな。これちゃんとした母親やん…。と声を上げてしまう。
TVのカモは10匹の雛を連れ、1匹でも見えなくなると立ち止まり、必死に探す。必死に鳴く。必死に雛の声を聞こうとする。できることならなんだってする勢いだ。
巷の人間なんか、子供1人しか連れてなくても基本ほったらかしだ。ちゃんとついてこようが違うところに歩いて行こうが、離れたところで悪さをはじめようが我が子の動向なんぞろくに見もしない。…いや、一方的な偏見かもしれないが、それを恐れずに言うと…明らかに子供に対する熱量というか、情熱が違い過ぎる。

などと(人間に対する)違和感を覚えていると、TVのカモたちはアスファルトの道路から川へ、その道程の中でカラスに雛をさらわれたり、猫に襲われたりで次々数を減らしていくではないか…。

人から目線では「あのくそカラス~!」「あのくそ猫~!」とは思うのだが、これはいわゆる食物連鎖的なものであったりとか、生存競争とか、弱肉強食の世界なのである。人が思うところの「くそカラス~!」は本来の自然界では通用しない話。それどころか、そもそも「そこにカラスがいる」「そこに野良猫がいる」なんてことだって、人々が棲みやすい世界に変えてしまった結果、やむなく存在しているって可能性だって否定できんわけで…。

しかし、カモの親子はそんなこと、当然知っているのだ。生存競争とか弱肉強食の世界を。人間より「当然な話」として認識しているのだ。それでもなお、親ガモは雛を連れ行くのだ。そして同じく、それでもなお、雛は親の後を必死で追うのだ。
「生きる」ということは「死ぬまで命を懸け続けること」との覚悟をDNAレベルで持っているのだろうか。このひたむきさというか、意志の強さたるや…泣けてくるではないか。

人間に「ちょっと家族で○○まで行ってこい。そこに新しい新天地が待っている。ただ、道はとんでもなく険しく、敵もいる。場合によっては死ぬかもしれない。」と言われて
「おうよ」と答えて外に飛び出す輩とその家族はいるだろうか?そうなりそうな奴を私は知らない。いや、たぶん誰だって知らないだろう。アホな私だって言われるがままに出て行ったりはしない。命懸けろって言われたら普通相当ひるみますよ…。

そこでまたまた気が付く。野生動物はまた、毎日毎日、一分一秒を死ぬか生きるかという状況で生きている。それに引き替えなんだ人間は。コロナウイルスは人間を殺しにかかっているというのに、ろくな対策もしないままフラフラ出歩いて感染して広めちゃって…っていう、本来の「生き物としての本能」が欠如している奴のなんと多いことか。
いや、あるいは「本能が煩悩に直結」している奴の何と多いことか…の方が正しいか?
…まぁ偉そうに書いてる私だって、どっかから感染してくる可能性もあるだろうから、ひたすら批判ばっかするわけにはいかないのだけれども。

この番組、本来は視聴者に違う感動を見せたいのだろうけれども、私が感じたのはまさにそれなのでした。
「人間はもっと必死に、真剣に、ひたむきに、一途に生きなければならない。」

そして、ついでにこんなことも思った。
カモの親子には大変考えさせられた。今夜の夕食はスーパーのお惣菜の定番「カモのパストラミ」にしよう。(鬼畜!)



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2020.07.21 (Tue)

太っ腹顧問の軽~いお話し

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上掲は名古屋のH社の機関紙にS社長が掲載された記事にあった

「商社のスマイルカーブ」です。

このカーブの底にあるのは「定価品の売買」とあります。

ネット販売などを見ると非常に低価格で販売しており薄利多売と

言っても事業として成り立つのかと疑問に思うケースが多いです。

おそらく、大量に仕入れて原価を下げていると思われますが、

B2Bの場合、一品だけ安くても商売にならないので、幅広く

在庫するには資金的にも死蔵化というリスクにも厳しい状況なので、

在庫範囲を絞って得意分野でターゲッティングするマーケティングが

主流になっています。

H社はユーザーに直接する販売店様なので、ユーザーのニーズ

を掘り起こして、例えば、機械器具の分野ではメンテナンスや再研磨など

にも着手され、海外メーカーの代理店になり専門性を強化されています。

一方、加工やオリジナル商品の設計・製造のファブレス・メーカーの軸

にも挑戦されています。

このように、トヨタなどの大手メーカーの海外展開に沿って事業展開

されるので、絞った領域でファブレス・メーカーとして供給する形態に

なっておられます。

自社の立ち位置を明確にされて、個々の顧客に対して戦略を決めて

全社一丸となって活躍されています。各営業所毎に戦略が異なるので、

まさに、ポジション毎に役割が違うラグビーの「ONE TEAM」という

言葉がクローズアップされましたが、その姿をH社で見る事ができるのです。

一朝一夕には真似ることはできませんが、「できる事からコツコツと」の

精神で真似て行きたいと思います。



11:21  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.04.20 (Mon)

太っ腹顧問の軽~いお話

新型コロナウイルスで緊急事態宣言により「ステイホーム」が
急浮上して在宅勤務が多くなったと伺います。
会社のシステムにはチームビューワーなどのソフトを使ったり
マイクロソフトのクラウドを使ったりする事で業務が可能な時代です。
会話はスカイプやズームで顔を見ながら会話できて、異業種交流
会で活用されているとの事です。会社の会議をズームで行う会社
もあり、資料を共有しながら進めることが出来て、これからは土曜
日に会社に出ないで、これでやろうという方向になったそうです。
勿論、LINEやメッセンジャーなども活用されているそうです。
皆がスマホを持つ時代で、しかも、使うソフトが無料という事で
急展開しています。私はパソコンで利用しています。
やはり、スマホなら字が小さいので読み辛いのです。
あ々70かと嘆いていますが、文字を打つ際にはキーボードの方が
楽です。名古屋の方ですが、「元の世界には戻れない」と警鐘されて
いますが、実感しています。あなたの新しい世界はどんな風なもので
しょうか。時代遅れにならないようにしたいと思います。

09:37  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.04.16 (Thu)

レプリカはオリジナルの「夢」を紡げるか?

 先日、TVで「手塚治虫の新作発表」の旨のニュースを見た。

まぁ、漫画の話である。「AI」に手塚治虫氏の膨大な作品情報を

覚えさせ、同氏の画風・ストーリーを作らせ、描かせ、アシスタント

が仕上げる…と言うことらしい。同氏の息子である手塚真氏と、

「手塚プロダクション」がプロデュースする…ということだったと

記憶している。
 
AIが、故人の残した様々なものをデータ化し、個人に成り代わ

って事を成す…というその趣旨には賛否があると思うが、

確かに氏がご存命ならば飛びつきそうな話ではある。


 前述の話は個人が亡くなって、後からAIが発達して実現した

話だ。しかし、もし氏が生きていたならば、既にAIを使っていたの

ではないかと推測する。しかも複数台。なぜなら自分が思い描い

た夢のような世界が実現しつつあるという感慨もあるのではない

かと考えるからだ(アトムとかウランのボディを製作し、AIを実装

するに違いない)…が、それとは別に「自分の作品に対して、より

近しい者に意見を聞きたい」のでは?と想像する。純粋な「自分の

作品」にするならば、自分以外の意見が作品に反映されるのは

好ましくない。この場合意見を述べるのは分身であるAIだから、

純粋に「自分の発想でありつつも、やや角度が違う別の意見」が

聞けるはず、と考えるのではないか。

あるいは「他人から見た自分」を疑似的に体験できたり。

自分の思考パターンを第三者的に傍観したり。そういうAIが複数台

あれば、自分の分身どうしで打ち合わせをさせつつ、目的の答えに

辿り着くことができるのかも知れない。そういう経過を経てAIに作品

を考えさせて、監修を「オリジナル」である自身が行なうといったよう

なことが可能となるだろう。「本人のお墨付きの作品」というわけだ。

 それだけではない。AIをアシスタントにすれば作品の製作に関して、

自身の理想通りの純度の高い作品が生まれる可能性がある。

ここの場面はこう表現するとか、ここは塗ってここは塗らないとか、

言葉では伝わりにくいニュアンスをAIが考えて処理する可能性もある。

しかも教えれば教えるほど正確に「痒いところ」を押さえてくれるに

違いない。

 だが、今回の現実の話では本人が直接このAIと接触し、ノウハウを

教示したわけではないのだから「どこまでいってもただの模倣」と言わ

れ続ける可能性がある。



こんなエピソードを聞いたことがある。当時、氏は漫画界の頂点にいた

にもかかわらず、あらゆるジャンルの作品や画風に興味を持ち、嫉妬

したというのだ。極端な例では成人漫画作品にまでライバル心を燃や

したのだ。(氏が生きていた当時は「美少女」ブームが起きていた時代

がある)そういう「エロ」な作品に対抗すべく「プライムローズ」という作品

を世に送り出している。但しこちらは成人漫画ではなく、週刊少年漫画

雑誌に連載された。また、嫉妬深いという意味では「宮崎駿」や「新海誠」

など、近年名を馳せたアニメ関連のクリエイターにも同様に嫉妬したに

違いなく、氏が生きていれば活動を活発化させていただろう。

あるいは、氏の「メトロポリス」という作品。人間とロボットが共存する

未来のお話だが、そこでは人間がロボットを酷使しており(要するにコキ

使っていた。)ロボットにも人間と同様の権利(人権?)を!と叫ぶ団体と、

一方でロボットに職を奪われ貧困となり、憎しみの感情を持つ人間たち

との対立が描かれるのだが、このお話の初出は昭和24年、戦後間もなく

のことだ。こういった問題は近年「AI技術の躍進」によって最近私たちが

耳にするような話題でもあるのだが(例えば、今後10年でAIに取って

変わられ失職する業種…等々の話)同氏は同じようなことを第二次大戦

直後に想像・空想していたということになる。単純にこれは凄いことなの

ではないか。(この作品にはモチーフとなった映画があり、実はそちらの

方が凄かった…という可能性も否定はできない)

AIにこういった「嫉妬→対抗意識」あるいは「先見性、独自性」のような

ものが生まれるのか? 将来においては分からないが、現在のAIでは

まだそこまでの能力はないと思っている。あくまでも「冷凍保存したもの

を解凍しただけのような話」ではないか…と。



 ともあれ、近い将来漫画に限らず「永遠に生き続けるクリエイター」が

生まれるかも知れない。私たちはオリジナルがいつ没したかも知らず、

いつからAIにすり替わったのかも分からないまま、永遠に自分の好み

のクリエイターの作品を鑑賞する…そんな時代が来るのではないか。

そういう経緯で創作された作品は果たして素晴らしいのか、そうでも

ないのか。ただ個人的には、そういう事象に巡り合わないでいることを

強く望んでいるのだが。





…ちなみに私は、氏の没後に製作されたアニメ映画「メトロポリス」を

見て激しく泣いた。氏の描くレトロフューチャーな世界は比類なく最高

だと思っている。


14:40  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.01.29 (Wed)

アリの眼、トリの眼、サカナの眼


令和2年になって1ヵ月が経ちましたが、最近、西暦2020年なので

2020がクローズアップされていると知りました。

2020は眼科の世界で20-20として両眼2.0という事のようです。

よく見える視力2.0に回復させる事です。

この事は、ビジネスの世界では「アリの眼、トリの眼、サカナの眼」が近いと思います。

・「アリの眼」は目の前しか見えない極狭い近視、

・「トリの眼」は俯瞰して組織や仕事の状況を把握する広角な眼、

・「サカナの眼」は流れ、つまり、時流を読む眼

という3つの眼です。

もちろん、どれもが大切ですが、忘れやすいのが「トリの眼」や「サカナの眼」です。

・「アリの眼」は自分だけになりがち、

・「トリの眼」で組織全体を見渡す、

・「サカナの眼」で先読みする

という事なのでリーダーに「トリの眼」や「サカナの眼」が欠けると先行きが

危ういのです。

特に、「トリの眼」で組織全体を見渡す事ができないとラグビーでいうONE TEAMに

ならないので、折角のパワーが分散してしまい組織力を発揮できないのです。

この「トリの眼」を実践しながら、「サカナの眼」で展開を予測することが大切です。

このように、真のONE TEAMには「アリの眼、トリの眼、サカナの眼」の

3つの眼が揃ってこそ発揮できるので、ご参考になればと思います。

10:25  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2020.01.29 (Wed)

そして知らない街になる


先日、『眠りにつく大阪のイベント聖地「千里セルシー」再開発はどうなる?』
というネットの記事を見た。
(セルシーは当時では珍しい、大型商業施設・ショッピングモールのような建造物です。)
「千里セルシー」が事実上廃館寸前だったというのは以前より、
どこからかの噂で知っていた。
この記事が出る少し前に、私は「今、セルシーどうなってるんかな?」と思い出し、
休日に別段用事もないのに地下鉄に乗って千里中央駅まで行き、
その様子を確認していたのです。
その道程で「もしかしたらもう取り壊されて既に更地とか、
何らかの建築が始まっているかも」なんて思っていたのですが、
行っていれば建物はまだそのまま。
店舗もごく僅かに営業しているようではあったが、
隣接する駅とその周辺の店舗には人の流れがあっても、
それがそこへ辿り行くことはなかったのでありました…。
その数週間後、正式に取り壊されることが決まったという記事をみつけたのでした…。


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私の出身高校は北摂地区の某府立高校で、
今でこそ感じのいい高校(?)のようだが、私が在学中の頃は
ホントにアホと不良しかいない酷い高校だった。(私は前者に該当)
場所は現在でいうところの『彩都』と呼ばれる界隈…で、
まぁ自然だけが取り柄ってところで就学してました…などといいつつ、
実は学校へ行く目的はどっちかというとクラブ活動だった。
当時は朝まで遊び呆けて、通学の電車とバスで寝て、
さらに午前中の授業は大概意識がなかった。
で、昼ご飯食べたらお腹が満たされて昼以降の授業もうたた寝。
本領発揮とばかりに覚醒したらもう放課後で、日が落ちるまでクラブ活動。
家に帰ると再び朝まで遊び呆ける…という無限ループでした。
まぁ、頭の悪そうなオッチャンの作り方みたいな感じですが。
(何のクラブに所属していたか?それについてはまた別のお話で…)

私はこのクラブで2年半を副部長、半年を部長として楽しく過ごしました。
このクラブ、看板とはちょっと趣が違っていて、
実際には『自分たちのインスピレーションに任せて好きなことを好きなようにやる部』
だったのですが(仕掛け人は私…と自負しております)
そんな破天荒なクラブが楽しくない訳がなく、下校時刻を過ぎても誰も帰りたくない…。
そんな時、皆で立ち寄ったのが、まさに『千里セルシー』でした…。
ファストフードで軽食しながら談笑とか、ゲームセンターやボウリング場で遊んだり、
マツダのショールームで展示車に乗り込んだりと、
クラブ活動の延長線にあったのが『セルシー』でした。
また体育祭・文化祭の打ち上げ、
長期休暇中の集合場所・遊び場などにも利用したものです。
そんな学生時代の思い出の場所が、また一つ消えて行きます…。
 
「そして知らない街になる」…誰もが通る道ですが、歳を取ると
ひときわ寂しいものです。

10:06  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2019.11.05 (Tue)

ネモフィラの丘

みなさんはネモフィラという花をご存知でしょうか。

なんとなく気持ち悪い西洋のモンスターを連想させる響きの名前とは裏腹に
瑠璃色の可憐な花を咲かせる北アメリカ原産の一年草です。
日本で見られる場所というと茨城県にあるひたち海浜公園が有名で、
淡い色の花が丘一面に咲き広がる光景はまるで天国のよう…
近年、5月の見頃を迎えるとニュース番組などでも取り上げられる機会が
増えたので目にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
昨年はなかなか見にいく時間がとれず「来年こそ絶対見にいくぞ!!」と
意気込んでいたのですが、今年見にいく予定だった日が土砂降りだった為
計画はおじゃんになり、ネモフィラ遠足はまた来年に持ち越されるはこびと
なりました。
この世のものとは思えないほど美しいネモフィラの丘を見にいって、
いかに感動したかをここに書く予定だったので正直言ってネタがなくなって
しまいました。

なので、ひたち海浜公園名物であるネモフィラカレーの話をします。
どう考えても食べ物とは思えない、この世のものとは思えないほど美しい
青色のカレーで、それはまるで気持ち悪い西洋のモンスターが吐き出した
謎の液みたいです。

nemo1.jpg

気になった方はインターネットでぜひ、ぜひ検索してみてください。

来年こそ、絶対ネモフィラカレー食べるぞ!!

■記事/C
08:45  |  東京支店両国発  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑
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