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2022.06.29 (Wed)

太っ腹顧問の軽いお話

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上掲は、青森の住宅建築会社が余興(?)で送った「症状」です。

立派なパワハラぶりで、その後、被害者は鬱になり自殺したとの事。

「事務的営業」って書いてありますが、本来はその状態でも活躍でき

るようにするのが会社の務めと思います。営業実績が芳しくないと

指摘しているが「探客8割、営業2割」という言葉があって、見込客を

会社が提供する時代です。つまり、営業に何もかも負担をかけるの

ではなくて、マーケテイングとクロージングに分離して考え、マーケテ

イングは会社の仕事であり、クロージング率を上げる為に支援体制を

整備、例えば、生活スタイルなどを聞いてアドバイスするコーディネー

ターや図面を描くデザイナーなどのスタッフが支援するのが一般的です。

また、ブランドという点では大阪周辺では「泉北ホーム」や「オウミ住宅」

などは派手なCM展開で知名度が高いのですが、青森の会社のブラン

ド力はどれ程だったかと思います。

また、「営業2割」ですが「誰でも売れる」ようにするのがポイントです。

標準価格を提示して、追加注文分を加算する方式を採っている企業が

多いように思います。

一方、最近は「インサイドセールス」と「フィールドセールス」と言うそうです。

会社がマーケティングして見込客を生み出す「インサイドセールス」で、

その情報を営業に渡してクロージングするのが「フィールドセールス」と

いう具合です。今、急成長している企業はテレアポ戦略で軒並みコール

して関心がある客を絞り込み、その情報を地域担当に連携して契約する

分業の構図です。高付加価値商品が多いですが、一般のビジネスにも

取り入れたい手法です。

こんな風に考えたら、青森の会社のようなパワハラ事件が起こらないよう

に思います。会社の責任って大きいと実感します。



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2022.12.07 (Wed)

太っ腹顧問の軽~いお話し


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上掲は、「この指、とーまれ!」というイラストです。見事にソッポ

向かれています。最近、雇用調整助成金などで休む機会や就業

時間も定時に終わる傾向があります。つまり、ラクな状態が常態化

しているのです。このような状態なので、リーダーの方が何かをしよ

うと呼びかけても反応が悪いケースが多くなっています。

 「共創」と「伴走」が最近のキーワードになっています。「共創」は

一緒になって新しい価値を生み出そうという意味です。「伴走」は

その新しい価値を生む為に一緒になって役割分担を果たすという

意味です。金融機関の場合、企業の経営改善計画を審査して、

それが生み出す新しい価値に期待して融資を行ない、その実行を

PDCAする形で実践されています。

 この場合、結果報告を重視しますが、本来は「新しい価値」創造

の為に到達系を描き、そのステップを一段ずつ歩むようにガイドす

る事がポイントです。この一段目が「これなら、できる!」という形で

成果を出しやすくする事がポイントです。この第一歩が分岐点で

社員を巻き込む事でプロジェクトは動き出します。誰かが「私がや

ってみる」と名乗り出て、成果を出して行くことで「流れ」をつくるの

です。最初は一人ですが「真似する人」が次々と現れて、大きな

流れになると構図です。

 それにしても人には外から見えない「心」があります。その心に

入り込めているかが課題で、平素の言動が問われます。つまり、

最低限の会話が必須です。語り掛けると言ってもTPOがあります

が、少なくとも「前向き」な言動で未来を予言するような話題もたま

には必要です。このような関係性を築くように心がけたいと思います。



11:04  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.12.05 (Mon)

雑音


冬になると、自身の作業場ではいつも足元に電気ストーブを置いて使っている。
このストーブ、加湿機能が付いていて、内臓のタンクに水を入れておくと、やがて
くつくつと音を立てながら吹き出し口から緩やかに湯気が立ってくる。
なんだかこの音が心地よい。
無音にはない安心感というのかなんというのか、「一生懸命働いてます」感に、なんだか
親近感をおぼえてしまったりする。
いきなり余談だけど…このストーブ、リサイクルショップで900円で買った代物。
もう3年くらい使ってるけど、至って絶好調で問題なし。毎年シーズンが来ると保管場所から出しつつ 「キミ、900円なんだってよ?世間の皆は見る目がないねぇ。」なんて思ったりしている。

あるいは音楽。
最近は携帯音楽プレイヤーとか、スマホで音楽を聴く傾向にあり、サブスクで配信とかダウンロードで購入とかが一般的。私もそういうの嫌いではないクチだけど、もっぱら家で聞きたいのはCD。ウチは300枚CDチェンジャーで聞いている。前述のデジタル機器は何千、何万曲詰め込んだとしても選曲は一瞬だし、コンパクトで場所を取らず、かつ省電力だけれど、個人的にはチェンジャーのアナログ感と機器が動作する音がリラックスを誘うと感じてる。ターンテーブルの回る音、CDをピックアップする音や元のテーブルに戻す音。選曲する際にはそういう経過があるので、決して一瞬というわけではないのだけれど、耳をすませば曲と曲の間にそういう作動音がしていて、「CDを選んでます」的な状態が伝わって、何だか安心するのだ。
曲間に必ず発生する作動音。それは音楽鑑賞にとってはただの雑味なのだろうか。
けれど、私はそれらの音もひっくるめて音楽鑑賞と思っている。
随分前に探し回って手に入れた中古品だけれど、いい仕事をしてくれていてかなり満足している。

はたまた家の自室のパソコン。
私が所有するメインのパソコンは自作機であって、一般的にはどちらかというと静音化を目指して自作すると思うのだけれども、私のそれはそのような趣向に反して、駆動音がうるさくなるように作ってある。冷却ファンの数は12センチのものが4基でそこそこ駆動音がする安物をあえて選んで装着している。(高級な冷却ファンは騒音対策がしっかりしているのである)電源を入れると一斉にファンが回りだし、結構な高音で「ヒョアー!」みたいな音を奏でる。音が極端に大きい訳ではないけれども「何かしらの設備室の中にいる」みたいな雰囲気が出るように組み立てた。しかもすべてのファンにLEDが付いているので、本体内部から青い光がさして自己主張もバッチリ!みたいなイケイケ感が漂うのであった。
「俺の自慢のハイエンドマシンが目を覚ました。」みたいな感じになってニヤリとせずにはいられない。←かなりの厨二病。
だが、実際のところこのPCの性能はハイエンドどころかミドルローですら怪しい代物。
なのに、電飾で光って甲高い駆動音がするだけで、何だか超絶爆速パソコンのような気がしてきて、自身も高揚する…ってのが不思議ではある。
もっぱら、メールチェックとかホームーページ閲覧とか、ちょっとした文書作成なんかは別のもう一台のパソコンでやっている。こちらは企業がリースアップしたものを中古で安く買ったビジネス機だけれど、さすがは企業向けパソコン…作動音などの余計な音が出ない。しかし、やはり面白味はない。もちろん性能もどっちかというと低い。ビジネス機は指示したミッションを淡々とこなすだけの、つまんないパソコンである。

あとは…車とか。
最近は高級外車とか、結構走っている。(みんなお金持ちだなぁ…)
あるいはハイブリッドとか電気自動車とか。 それらは概ね静粛性の高さが売りのひとつと思うのだけれど、それらに乗ったことのない私からすれば「それってイイのかな?」と懐疑的。車の醍醐味は音と振動でしょ…?まぁ、そんなこと言うの、クルマ好きだけかな?
でも、クルマ好きじゃないなら、敢えて高級車とか、いい車を選ぶ意味ないよね?というのが私の本音。
そういう意味では業務用の車って、実は割と好き。コスト重視で大した装備がなく室内も簡素、非力なエンジン、後輪のサスペンションは左右が独立していないトーションバーとかもう最高。そんな車にそれなりの荷物を載せて出かければ、防音対策がイマイチでロードノイズもモロだし、段差も通過するたびバンバンと音が出る。非力なエンジンゆえ音も振動もそれなりにあって、大して速度も出ていないのにバンピーなコーナーでありえないほどのヨー(車体の傾き)を感じつつトーションバーの「一生懸命路面の凹凸を吸収してます」的な小刻みなキコキコ音を聞くのがとても好きだったりする。(←変人?)
ちなみに改造車の音は嫌い。あれはウルサイだけ。ノーマルでウルサイのは容認。

雑音とか環境音とか、実は結構面白いと思っている。
(いや、まぁ実は皆そう思ってるかもしれないけれど)
音のない世界はつまらない。意図的に防音室にでもいない限り、普段「静かだ」と思う瞬間であっても実は何らかの雑音は存在する。私たちがリラックスする静かな空間は、それら雑音が微妙に漂う空間の中で起こる気持ちであり。完全なる無音の状況下では、それほどリラックスしないものだ。
さて、あなたの好きな雑音とか動作音とか…ありますか?そう思いつつ身の回りの音に耳を傾けると、結構気付きがある…かも知れませんよ。

14:24  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.08.22 (Mon)

太っ腹顧問の軽~いお話し

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上掲は、大阪府神社庁が発行している7月のお札です。健康管理の為に

自宅と事務所の間を「街ジム」感覚でルートを変えて歩いています。

その1つが自宅-氏神様-事務所のコースで、約30分歩くので、結構、

良い運動になっています。毎日、10円の賽銭で健康をもらうという

厚かましい魂胆です。

毎月、お札が無料で配布されますので楽しみにしています。7月のお札は

将棋の羽生永世竜王の言葉でした。筆者は「勢い」と「流れ」の2つの

言葉にインパクトを受けました。

今、長引くコロナ禍や戦争による物価高騰や円安などで経済の先行きが

見通せない業界も多いです。「不安」になるとどうしても「慎重」になり、

慎重になると結論を後回しにしがちです。これでは、何もできないので

組織は活力を失い熱気が薄れて「化石」化する悪循環になります。

確かに、大きな課題になると費用対効果やリスクを考えますが、「着眼

大局、着手小局」の言葉通り課題をブレイクダウンして「とりあえず」

(着手小局)のレベルで着手すると成功し易いですし、それを続ければ、

なんらかのコツが見えてきます。つまり、「とりあえず」=「着手小局」で

トライアルする事がポイントです。この「とりあえず」は「ポケットマネー」を

基準にしています。経営者として、自分のポケットマネーでリカバリーできる

範囲がありますので財布の大きさで基準を決めれば良いと思います。

この「ポケットマネー」で着手して小さな成功で「勢い」をつくり、それを

繰り返して「コツ」を得て「流れ」になって行く構図です。新製品をつくる

のにプロトタイプをつくる事から始めるのと同じ感覚です。

「ポケットマネー」とカッコ良く表現していますが、「とりあえず」のレベル

では数万円で済むケースが多いのです。そして、「とりあえず」なので

成功の確率が高いのでリスクは低いのです。この「ちょっとの差」でチャ

レンジする動きが出来て「人」(社員)が動き自主性を発揮するようになれば、

非常に有難いものです。(子供でも同じですね)

こんな風に脱「化石」化を図っています。

「ちょっと位、失敗してもええよ」とカッコ良く言いたいですね。



11:16  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.08.19 (Fri)

レコードとCD

近年ちょくちょく聞くようになったのが「レコード」の再燃とか。
あ、音楽の話です。
古いレコードを集める…っていう話ではなく、最近になって新しく生まれたサウンドにも、レコードで生産し販売するということがあるらしい。海外ではCDの売上を超えたとか…。

レコードと聞いて回顧してみますと…私が子供の頃は、家にはカセットプレイヤーしかなく(親は当時のレコードを結構持っていた…ことを考えれば、プレイヤーは壊れたんだろうと推測…)レコードで音楽を聴く…ということはひとつの憧れでした。中学に入った入学祝にレコードプレイヤーをおねだりして、カセットとラジオが一体になったモノを買ってもらいました。買ってもらっておいて何ですが、ビクター製だった…と思うのですが、かなり安価なエントリー機だったと思います。
当時はレンタルレコード店などが近隣に数件あり、借りてはダビング…の繰り返しでしたが、そのうち小銭を貯めてちょくちょくシングル盤なんかを買うようになりました。
ただ、レコード鑑賞は私にはハードルが高かったのか、知識がなさ過ぎたのか、相性が良くなかったように記憶しています。
例えばメンテナンス。スプレーを吹いて、小さい黒板消しのようなクリーナーで拭き上げるのですが、レコード店などで店主がやるように綺麗にはなりません。何をどうやっても拭き残しが出るのでした。無理に吹き上げようとすると盤面を痛め、音が悪くなります。かといって、妥協するとそこから変質が始まり、結局同じように音質劣化に至るのです。
あと、ある日買ったレコードが買った直後から音飛びするので店に持っていくと、レコード店では問題なく再生されました。「家ではそんな風に再生できない」というと、店主は
「針がついているアームの反対側に【おもり】がついているんだ。回すと前後する。シーソーの原理で、これを回して針にかかる圧を変えられるんだ。」と丁寧に教えてくれたのですが、喜々として家に帰り、自分のレコードプレイヤーを見ると、……そんなギミックはどこにもなかったのです。小銭集めて買ったレコードが聞けないってのは悲しく、無謀にも針先に無理やり消しゴムなどを乗せて再生してみたり…で、やはりすぐに音質は悪くなるのでした。

『レコードを上手く扱えない』というコンプレックスの中、市場ではCDが登場します。
【オリジナルに忠実で高音質・音質は半永久的に劣化しない】などの触れこみでした。
オーディオマニア(?)の親戚からプレイヤーを譲り受けたこともあって、私は何の未練もなく、あっさりCDの世界に鞍替えしたのです。レコードを上手く扱えない私にとってはCDは夢のようなメディアでした。で、いろいろあって今に至る、と。
 ところが昨今、驚きの情報をネットで発見してしまったのです。
CDに限らず、DVDもブルーレイも、『光磁気ディスク』という種類でくくられたすべてのメディアは、その登場時にしきりに言われた『音源・画質に劣化がない』という優位性が、実は虚実だったということに。
初期のCDは、中心にアルミの薄膜があり、ここに音声データが記録されていました。その上下を何層かの樹脂が張り付いて記録面を保護しています。
問題はこの張り合わせ。この接着面が、接着剤の劣化により浮いてしまい、やがては剥がれるのだそう。実際のところ、貼り合わせが浮いたら再生困難とのことでした。
なお、昨今のCDはアルミ薄膜が表面にあります。すなわちレーベル面は何らの保護もされていません。
 私は一時期、かつてレンタルレコード屋で借りてカセットテープにダビングしたアルバムなどを、(今となってはカセットテープも視聴困難なため)順次CDで少しづつ再収集していたのです。廉価版になったものとか、再販がないものは中古CDショップを回ったり、それなりに苦労して集めていきました。それは「劣化しない音源をあらためて収集する」という思い入れがあったからにほかなりません。
なのに『いやいや、実は劣化する…っつーか、視聴不能になります』などと、今更アナウンスされたわけです。こりゃもう個人的には詐欺レベルの話ですよね…。
 今のところ手持ちのCDやDVDなどで劣化による再生不良などは発生していませんが、毎度恐る恐る…って感じになっています。
かといって、形のない「音楽配信」では本来の「物欲」は満たせません…。

 レコードの再燃。興味はありますが、プレイヤー揃えたりとか、過去の苦い経験からさすがに手を出す気にはなりませんが、CDとは違ってきめ細かいメンテなど「音楽を聴くためのプロセスにも趣がある」ってところには大変惹かれるものがあります。
願わくば、以前よりは簡単にそれらが行なえる環境がありますように、と少し遠いところで羨ましそうに見ている感じ。
いいなぁ…。まぁ私には無理だしなぁ…。

 余談ですが、子供の頃母親が持っていたレコードを見て聞いて、一番強烈に残っているのは、美樹克彦のシングル「恋の台風第一号」でした。昭和のアイドルでしょうか?全身が痒くなるほどのこっ恥ずかしい歌詞でした。歌の冒頭からタイトルをシャウトします。一方、B面のタイトルは「泣くな鉄腕」なんじゃそりゃ?まぁ典型的な昭和歌謡なのか…。
同じく洋楽ではキングストン・トリオの「花はどこへ行った」ですね。言葉は分からなかったけれど、なんだか寂しい歌だなぁと、しんみり聞いた記憶があります。

いやぁ、音楽って…いいものですね。


13:45  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.06.29 (Wed)

時代が私を置いていく


数年前、自室のミニコンポが壊れた。それを機にオーディオレスな部屋も検討したが、結局買い換えることに決めた。しかし家電量販店に行ってビックリ。オーディオ関連の売り場が縮小しており、選べるほど機種が存在しない。店員に聞くと、もはや自宅にステレオやミニコンポを置く時代ではないそうで、巷ではスマホや音楽専用のデジタルプレイヤーに、ワイヤレスイヤホンを繋げて聞く時代なんだそうだ。で、「ハイレゾプレイヤー」という従来より飛躍的に音質の良くなった携帯型のデジタルプレイヤーがあるんですよ…
と薦められた。私は「雑音入り交じりの外出先で聞くプレイヤーで、かつワイヤレスで繋ぐイヤホンなのに、ハイレゾも糞もあるか!と思っている」と答え、商品説明なら任せろと言わんばかりの店員の、鼻っ面を軽くへし折るような態度を取ってしまったのだが、顧客が欲しいものがあると言って来訪しているのに、売りたいものを優先してPRしてくる店員に対する戒めのような対応だったと思っているので、私が取った態度に反省はない。
そもそも、巷の流行りとか事情は十分承知している。バカにすんじゃないよ…と思ったり。

 ついでに音楽の話も。「ミニコンポを買い替えよう…」って言うくらいだから、もちろん音楽は好き。趣向には少々癖があるけれど、クラシックから演歌、洋楽邦楽、アニメからアングラなものまで、幅広く聴いていると思っている。ただ最近の悩みは、今の音楽についていけていない…という点。「昔ヤンチャしてました」的な容姿の歌手が歌うラップは到底日本語とは思えないそれでまったく聞き取れない。何とか訳してみると【カァチャン有難う】的な生ぬるい歌詞でゲンナリする。あるいはリズムや音階を無視した歌詞の入れ込み方とか、大して高音域でもないのにすぐに裏声使うとかどうにも我慢できない。多少言い過ぎかもしれないが、最近の歌謡曲はアニソンっぽい。逆にアニソン歌手がその歌唱力や表現力で脚光を浴びるケースが結構ある。同業者はそれをプレッシャーに感じないのか。
まぁ、そういう葛藤があって、新しく好きになれるアーティストがいない。結果、好きで聞いている音楽は他人からしたら「古い曲」である。だが私だって新しい音楽を聞きたいと思っている。選ぶべきアーティストや曲が存在しないというのが悲しき実態である。

 最近、私が住む住宅の町内会で、ついに役員が回ってきた。私が担当することになったのは書記。各種案内や議事録を作成・配布する役割を持つ。パソコンで文章を作るなんざ、お茶の子さいさい…と思っているのだが、なぜか誰もやりたがらない。聞けば役員の誰一人も自宅にパソコンがないという。昭和の終わりごろ、パソコンは「マルチメディア機」ともてはやされ、これからは一家に一台と言われていた勢いはどこに行ったのか。
それなのに一方では、役員同士での連絡はスマホの「LINE」でやりましょうと言われ、そのアプリは嫌いだし入れたくないという私の強い拒否も空しく、半ば無理やり導入させられた。おかげで頻繁にメールが入るのだが、内容と言えば、そのタイミングで必要なのかどうか分からないスタンプばかり。そのくせ、大事な議案の話を振るとピタリと返信が止まり、誰からもフォローされない。いったいどこに軸足がある連絡網なのか?予想通りの生ぬるい展開。そしてついに「LINEでリモートで会議にできないか?」という話になってきた。その話が煮詰まるなら以降不参加を表明するつもりだ。まぁそんな訳で、スマホの普及によってパソコンの普及率が伸び悩んだという事実は少し実感できた。

 10年近く乗ったマイカーに、ついに電気系のトラブルが発生し、購入検討を余儀なくされてしまった。今のクルマが気に入っているので、次回もその現行機種を…と思ったのだが、価格は当時のおおよそ倍。このあたりの話は以前書かせて頂いたと思うが、クルマの価格はここ10年で大きく変わってしまった。やむなく車格のランクを下げ、いわゆる「小型車」クラスに絞っても、今乗っているクルマの購入価格より高くなってしまう。
さらには困ったことに、買える範囲のクルマでは魅力的なそれが存在しなかった。
いろんなクルマを調べ、ようやく「これだ!」と思ったクルマはフランスの某小型車。価格も日本車と勝負できるどころか、最初から標準で搭載する装備を考えるとむしろ安いと
いう事実。気になってディーラーに見に行き、試乗して唸ってしまった。凄くいい…。
外国車にはここ10年で日本車から消え去ったワクワク感がこれでもかと詰まっている。知らないうちに日本車はどれも高額の割につまらない乗り物になっていたのだ。若者のクルマ離れとか、最近外車買う人多いな…っていう気がしていたのはむしろ必然だったのだ。私の年代では【自動車は日本の代表的な産業であり、その価格性能比たるや他国の追随を許さない】という優越感のようなものがあったが、それは過去の話とあらためて気が付き「技術立国」であったはずの日本の未来に、少なからずも不安を抱き始めている。
(ちなみに、外車購入は嫁が拒否権発動…)

 ここまでのすべての話が、私が若いときに想像し期待していた未来と乖離してしまった実際の未来(現在)の姿である。ここに書いていないことでも同様のことが起こっている。また、シチュエーションが違えども、誰もがそんな感覚を持っていると思う。
最近、これが「歳を取る」ということなんだ…と強く実感している。
まだ学生だった頃、年老いた誰かから聞いた言葉「歳を取ると寂しくなるんよ…。」
「ああ、こういうことなんかなぁ…。」と沁みる。
私が愛し夢見た未来の姿は、この世界においてのメインストリームではないという現実。
自身が少しずつ現代のトレンドから外れ、ゆっくりとやってくる疎外感。
私は既に【脇役】へと立ち位置が変わってしまっているのだろう。ここから先、私が何を足掻こうとも、私の望む未来には成り得ない。それならば、これからはおおらかな気持ちで世の流れを眺める寛容さが必要なのかもしれない。
…なんて、最近感じていたりする。


09:45  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.04.28 (Thu)

太っ腹顧問の軽~いお話し

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上掲は、「集団脳」に関する記事を調べていたら見つかった資料。

実は、NHKスペシャル「ヒューマン・エイジ人間の時代」の

’プロローグさらなる繁栄か破滅か’の中で「集団脳」について

集団の人数が多いほど相乗効果でイノベーションが起こると言って

いたので興味を持ったのです。

右下の集団規模とコミュニケーションは

・10~15名規模は「共鳴集団」で言葉がいらない

・30~50名規模は一致して動ける集団で顔と性格を熟知する

・100~150名規模は信頼できる仲間で顔と名前が一致する

と規模別の要点をあげています。

これはビジネスの世界でも通用すると考えます。少人数の頃は阿吽

の呼吸で経営できますが、8名の壁があって、その規模を突破して

大きくなれないのです。筆者は8名の時に9.11テロ事件で経済不況

の波が来て持ちこたえらなかった経験があります。「タラ、レバ」は

ないのですが、仮に9.11事件がなく順調に行ったとしても、さらに

発展するにはコミュニケーションの壁が高くなったと思います。

 4月下旬に起こった「知床遊覧船」の事故は、オーナーは旅館・ホ

テルの事業家であり、コロナ禍で経営が厳しくなった遊覧船の会社

を買収したとの事です。経営が厳しい中「利潤追求」の無言の圧力

が働き、経験不足の船長が「これ位・・」という心理が働き「引き返す

条件付き運航」を決断したのだと思います。仮に、オーナーが漁船

関連の方であれば「共鳴集団」になっていたのでしょうが、未体験

分野の方だったので船長との関係がギクシャクしていた可能性も

あります。

 組織化すると現場に頼る面が大きくなりますが、現場の責任者と

コミュニケーションを密にしてトラブル回避の行動を取りやすくする事

が重要と「他山の石」にする事が重要と思います。幹部のコミュニケ

ーションが組織の活力に大きく影響し、かつ、「これ位・・」のコンプラ

イアンス違反を防止する重要な風土と事故から学びました。





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2022.04.28 (Thu)

ああ日本語は難しい

工事現場の大型クレーンに『子供たちに誇れる仕事を』と書かれた垂れ幕が取り付けられていた。「ふーん。なかなかいいこと書いてあるじゃないか」とは思ったものの、ふと気が付けば、「じゃぁ、【子供たちに誇れない仕事】って、例えば何だ?」と問う自分がいた。
例えば…例えば…麻薬密売人とか?それって犯罪行為であって、仕事とは言わないんじゃないか?…等々、いろいろ考えてみたけれど、どんな仕事だって需要があるからこそ成り立つわけで、誇れない仕事なんかひとつもないように思われた。
自分で考えを巡らせる中で、所謂汚れる仕事、いやらしい仕事なんかが浮かんできた(頭の悪そうな発想だねぇ…)のだけれど、体張ってんじゃん…むしろ誇りに思って働いてていいんじゃないの?そもそもその仕事の給料で自身が生活できていたり、我が子を育てられるのなら、誇りとして十分思うに足る…っていうのが自身の結論だし…。そんなことを考えながら、あらためてこの垂れ幕を見ると、何だか職業蔑視的な文言に思えなくもない。(考えが飛躍しすぎ…)
モノ造りの仕事、特に大型建造物などを造る仕事は人間が生き、発展していくうえでは確かに誇れる仕事かも知れないが、そっち側の人間がそれを言っちゃぁ嫌味ってもんだろう。「言ったもん勝ち」みたいに聞こえなくもない。
結果、最初は好意的に見ていた垂れ幕も、今ではすっかりそんな気分ではなくなった自分がいるのですが。
『子供たちに誇れる仕事を』というならば、その業種内…例えばその垂れ幕を掲げている工事現場の作業員ひとりひとりを見て、「彼は存分に能力を発揮している」「彼は仕事するふりばかりしていてよくサボっている」などの見極めをしたうえで、後者を叱責するときに使うのならば、それはいい言葉なんじゃないか…とか考えたりするのだが。
でも…それならば、付近の往来を行き来する人々に見えるように、わざわざ大きな垂れ幕を掲げてアピールする案件でもなかろう。朝礼の唱和にでもすればいいのだ。なんだか的外れも甚だしい…と思ってしまう。

 日本財団の(あるいは寄贈した?)福祉車両を目にすることがある。車両には『ボートレースファンからの贈り物』なるステッカーが貼ってあるのだが、文言には感謝の意図が込められている…とは理解するものの、ボートレースファンは泣いて怒り出すのではないだろうか…と考えてしまう。彼らからすれば、博打として勝敗を予想してお金を懸けただけで、福祉車両を贈呈する意思はなかったと考えられる。中には博打にアツくなり、ご飯代はおろか帰りの電車賃まで懸けて見事にハズし、路上でふて寝した方々もいよう…。
(私的な偏見だなぁ)そんな人たちがこの車を見たら、怒って攻撃してきたりはしないか?そんな不要な心配をしてみたり。
ちなみに、元々は『ありがとう競艇』という文言だったらしい。こちらの方がすっきりするし、妥当な表現なのでは?と感じる。どうして回りくどい誤解を生むような表記になったのかは謎である。
しかしながらこれも、ちょっと間をおいて考えれば同様に、ボートレースファンは泣いて怒り出すかもしれない…という思いも浮かんできた。
【『ありがとう競艇』じゃねぇよ!!『ありがとう競艇ファン』だろう!!(泣)】
という声が聞こえて来るような来ないような。
ちなみに私はギャンブルはやらないので、どうのこうのと口を出す話ではないのだけれど。

 最近の風呂はどこの家庭も概ね給湯器で浴槽にお湯を貯める…ってのが主流であって、昭和の公団住宅みたいな浴槽に水を張って沸かす…所謂「風呂釜」みたいなスタイルは
どんどん減少する傾向なんだなぁ…と感じる。
…けどどうなんだろう?どっちが効率良いのかな?と考えた時、果たしてどうなのだろうか。給湯器って、すなわち瞬間湯沸かし器なのだから、お湯が欲しいときにすぐ使える
メリットはあっても、使われるエネルギーって、果たしてエコなの?とか考えてしまうのだが…まぁそれは置いといて。
我が家の風呂も給湯器で浴槽にお湯を張るタイプなのだが、何だか気になることがある。
台所のリモコンで「給湯」のボタンを押すと、概ね自動で浴槽にお湯張りをするのだが、
このリモコン、音声でお知らせしてくるのだ。
「もうすぐ、お風呂が沸きます」
「お風呂が沸きました」
……違うだろ。と思う。
お風呂は沸かしてないし、沸くはずがない。温水を張っただけじゃないか。
 「沸かしたお湯が張れました」とか
 「お湯張りが完了しました」でしょうが。
言われるたび、日本語が違うんじゃないの?と思えて、気になって仕方がない。
しかし、日本語間違ってるぞ…とリモコンに忠告したところで、言い方を変える訳ないし。
この仕様で市場に出す許可したの誰だ?と思ってしまう。
このリモコンのお知らせを聞くたびに、心の片隅でちょっとだけイライラする自分がいる。

まぁそんな感じで…。
「日本語は難しい」なんてお題目で、どうでもいいことを書き連ねてみたのだけれども、冷静になって読み返せば、一番難しいのは「私のひねくれた性格」だなぁ…なんて。
いちいちツッコんでたら身が持たんわな…と思いつつも、大阪人としての性なのかしら…とも思えなくもない。気難しそうな性格だけれども、本人はそんな神経質でアホっぽい
自分の性格をそれなりに楽しんでいたりする。
日本語って難しい。だからこそ楽しい…たぶん。





16:33  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.02.22 (Tue)

ATCはキッズ天国★∥


コロナ過で子供たちを遊ばせるところがなかなか見つからない~とお嘆きの皆様、
ATC(アジア太平洋ワールドトレードセンター)に行ってみてはいかがでしょうか。



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ATCではいま 「遊べる 学べる 笑顔を作るATC」 と題して
親子で楽しむイベントをたくさん開催しています

1_442.jpg<大道芸人によるパフォーマンス>



一番のおすすめは親子で一日遊べる室内遊園地、
5Fにある 「あそびマーレ」 です。

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★忍者になりきって からくり屋敷で大暴れ
★ふわふわボルタリング
★大きな画面でのアニメ放送

など新しい遊びもぞくぞく登場しています。




そして、お兄ちゃんおねえちゃんには。。。
プログラミングや電子工作など、テクノロジーを遊びながら学び、子どもたちの夢や
自信のきっかけをつくる体験型ワークショップイベントも開催しています(要予約)。
(3F) RoBO&Peace

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11階のエコプラザでは
参加費無料、手ぶらで参加できる 日曜日工作教室 も開催中(要予約)です。

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お腹が鳴ったら5階のカフェ&レストラン「太陽のカフェ南港店」がおすすめです。
窓際の席からは、関西ではCM「さんふらわぁ~♪」でおなじみの太陽マークのフェリー
「さんふらわあ」が停泊する港を一望出来ます。
<夜の海もロマンチックです!>

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当社では11階の おおさかATCグリーンエコプラザ でエコ商品の常設展示案内を
しておりますので、ATCに来られた際には子供たちとエコ活動の勉強もできる、
11階エコプラザにもぜひお立ち寄りください。


15:05  |  大阪本社東大阪発  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.02.17 (Thu)

太っ腹顧問の軽~いお話

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上掲は、「定年後を自分らしく生きる黄金法則」という本で著者は
内田安弘、サブタイトルは「人生リノベーションのすすめ」そして
「心を裸にして人と付き合う」とあります。

章立ては、                                                                  
1章 人生の忘れもの                                                               
2章 リノベーションに必要な準備                                                               
3章 人生をリノベーションする人付き合いの流儀                                          
4章 人脈など要らない。まずは友達をつくる                                                            
5章 若者への苦手意識を捨てよう                                                                
6章 肉体リノベーション。スポーツde友達づく
7章 80歳になったら仕上げ                                                            

となっています。
参照:https://www.cos21.com/books/978-4-87795-408-6.html

特に、7章の「80歳になったら仕上げ」では、

60代前半:確認期、
60代後半:テスト期
70代:実践期
80代:仕上げ期

となっているので豊かな老後を目指してリノベーションですが、
リフォームなら少し変えるだけなので出来るかも知れませんが、
リノベーションなので「プラスα」で表向きをガラッと変えること
になるので難しいなぁと思います。皆さんも「プラスα」を考えて
「自分らしさ」を再発見されると良いかと思います。

因みに私の「プラスα」は年金を頂けるので「知足」であれば
何とか生活できますので、「地域」と「家族」そして「自分」の「三方善」
を実践する事か考えています。
「亡己利他」(もうこりた)と言いますが、自分にこだわらなければ
地域社会に溶け込めると思いますし、何と言っても可愛い孫たちに
「お爺ちゃん」と言って頂ける優しさを発揮したいという身近な「プラスα」です。


16:36  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2022.02.17 (Thu)

夢の中では怒ってばかり

睡眠時に見る「夢」というものは何とも奇天烈な世界で、冷静に考えれば「おかしいだろ?」と思う内容であっても、なぜかすんなり受け入れてしまう…ってのが私の夢のパターン。まぁ私だけがそういう感じなのではなく、知り合いに聞いても大抵そのような内容で、起床してから「え?あれ夢だったのか…リアルすぎて現実かと思った…」って夢を見た記憶があまりない。そもそも夢そのものを起床直後は憶えていても、朝飯食べている辺りで記憶が曖昧になり、晩にはすっかり忘れている。(これは老化が原因かもしれないけれども…)
そんな中で奇跡的に覚えている直近の夢なんかを書いてみよう。

 その① 私は余命宣告を受けていてもう長くはないらしい。(が、夢の中ではピンピンしてる)死ぬ前に一度、憧れの超豪華ホテルに宿泊してみたい!と強く思いお出かけすることになる。(ちなみに、旅行の趣味はなく憧れのホテル…なんてのも現実にはない。)
とんでもない広さのロビーとフロント。それらを中心として放射線状に何百台ものエレベータが囲む。それらは金をベースに総ガラス張りで超豪華。部屋ごとに専用エレベータで直通するらしい。フロントで預かったカードキーをエレベータホールの壁にかざすと向こうの方で赤く光る扉がある。あれが私の部屋の専用エレベータか!小走りで向かい乗り込む。閉まる扉。上昇するのかと思いきや反対側にも扉がありそちらが開く。あれ?眺望が美しい上層階のはず…。とりあえず反対側の扉を出てみると、…そこは大きな雑貨屋だった。何で雑貨屋?そして客いるやん…。私の部屋はどうなってるの?あたりを見回すと随分向こうの方にある壁に螺旋階段が付いていて、高いところに部屋が見える。あれだな!と雑貨屋を横切って階段に向かう。長い階段を登り切ったその先は…スポーツクラブだった。んじゃ、エアロバイクでも漕いでみるか…。漕ぎながら「よくよく考えたら、私はホテルの自室を探しているのだ。何が悲しくてエアロバイクなんぞ漕いどるんだ!」と立腹するところで目が覚める。(余命いくばくもない…というくだりはどうなった?)

 その② 友人にいい感じの飯屋があるので行かないかと誘われる。場所は超高層ビルが立ち並ぶ隙間にある細い小さな店舗…というか、壁も柱もないオープンカフェのスタイルで、掘りごたつのような座席がいくつもある。それぞれのテーブルには専用の幌の屋根が三角形を形成していて、テーブルには小さなキャンドル。さながらキャンプ気分。オープンカフェ形式と言っても、ちょっとした雨風なら全く気にならない…という雰囲気で、ちょっと気に入る。(ちなみに現実ではこんな感じの店なんか知らないし、そもそも洒落たお店になんか行かない)提供される食材は和食のようで、友人が改めて予約しておいたらしく何らかのコース料理を食べられるようだ。暫くの談笑。横の席の子供数人がやたらうるさい。親は注意しないのか…まぁ子供のやることだから、多少は我慢しよう…などと思っている間にも、子供たちはこちらのテーブルに接近してくる。あーうるさいうるさい…。その後すぐ料理が来た。まずは前菜…。と思いきや、うるさい子供がどさくさに紛れて食べてしまった。あれ?今コイツに食われた?気のせいかな?
次の料理が運ばれてくる。子供たちは今度はあからさまにかぶりつきで貪り食い始めた。制止しようと出した左手を払いのけられてイラつき、後頭部をつかんで料理の皿から引き離すと「ギャー!」とパフォーマンス的大声を発する子供。「痛くはしていないはずだ」と言っても、周りの気を集めたいのか子供は叫び声を緩めない。「お前、親はどこにいる?」「僕らだけで店に来た」「お前は食べ物を頼んでいないのか?」「自分が頼んだのはとっくに食べた」「自分の食べ物が無くなったからと言って、他人のを取ったらダメだろう」やり取りしてる傍から二度・三度の盗み食い。再度頭をつかむ。「ギャー!」と叫ぶ。「お前らいい加減にしろよ!我慢にも限界があるぞ!!」本気で怒鳴ったところで目が覚める。

まぁ、こうして書いてみると分かる。夢の中の私は怒ってばかりだ。
現実世界では何か我慢してるのか?とか。あんまり自覚ないけどね。
でも、憶えてる夢を振り返ると、だいたい怒っているか怯えているか…ってシナリオ。
楽しい夢は見てないのかい。(忘れてる夢がそうなのかも知れないけれど…たぶん見てない)

そんなくだらない夢の話を友人にすると、友人も面白い夢を語ってくれる。

 その① いつものように会社に行くと、そこに会社はなくアミューズメントビル(大きなゲームセンター)が建っている。「えええ!?」と困惑していると同じ会社の知り合いに「中で最新作のゲームのロケテストやってるぞ!」と言われヒートアップ。そのゲーム筐体を探す。(会社が無くなった困惑はどこいった?)

 その② 学校の修学旅行で大きな禅寺に泊る。学年全員が眠れるような巨大なお堂で就寝も、実際は壮絶な枕投げが行なわれ誰も眠らない。時折教師が見回りに来るのだが、その時だけ枕投げを止めて全員寝たふり…の繰り返し。あるとき見回りに来たのは教師でなく坊さん。全員寝たふり…だが、いきなりその坊さんは大きなブーメランを投げてくる。寝たふりしていた生徒数人がそのブーメランに当たって息絶え、(ぐわー!とか叫んで絶命するらしい)生徒たちは大パニックでお堂から逃げ出す。ブーメランを振り回し追いかけてくる坊さん。逃げ回っているうちに、辿り着いたのはコンサートホール。ヘビメタの激しいサウンドにノリノリでギターをかき鳴らす猿。というかバンドメンバーはみんな猿。それどころか逃げてきた生徒たちもいつの間にかライブで激しくヘッドバッキングする猿たちに代わっている。で、ノリノリで起床。
あああ、友人の夢がうらやましい。バカっぽいけど楽しそうじゃないか。
なんだかその日は一日頑張れそうな…やっぱ夢はそうでなくっちゃね。


15:42  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.12.21 (Tue)

太っ腹顧問の軽~いお話

思考は現実化する


上掲は、1937年、ナポレオン・ヒルによって書かれた名著
「思考は現実化する」で、成功哲学の代表的な書です。
私の理解では「成功の姿」をイメージして、それに到達する手段を決め
順に進める事を説いているのです。
つまり、逆算して「今、何をするか」を明確化する事が第一歩という事です。
同じような意味で有名な4行詩

「 心が変われば、行動が変わる
行動が変われば、習慣が変わる
習慣が変われば、人格が変わる
人格が変われば、天命が変わる」


があります。
心に思った事を具体的に第一歩踏む出し、徹底して続ければ
習慣となり「凡事」と身に付き、「人格」は他人の評価なので
凡事として徹底すれば他者が評価して「凡事一流」となるという構図です。
人は「考えているうちは動けない」ので、「考え」を「イメージ」として描く事が大切です。
ナポレオン・ヒルは「成功の姿」をイメージして、それに向かう為に逆算して
第一歩を踏み出す事がポイントと言っているので、4行詩と同じ構図です。
4行詩は演繹法的で順に進める日本人的な方法で、ナポレオン・ヒルは
帰納法的で逆算して行なう欧米人らしい方法です。ゴールをイメージする
事で道筋がハッキリしてスピード感が早まり、蛇行する幅が狭まります。
因みに、私は「百歳現役」とイメージして、それに向かう為に必要な
QOL(生活の質)向上に着手しています。
「運動」x「食事」x「社会」⇒「健康」の図式。「運動」はウオーキングで
1日6キロ(約1時間)を合計で歩くようにして、「食事」は自炊で栄養バランスを考え、
「社会」は仕事以外にも地域社会に入り込み交流の機会を増やしており、
心身両面でフレイル(機能低下)対策を実行しています。
要は、自分が出来る範囲で、まず始める事が重要であり、そして、
「継続は力なり」でどんな事があっても飽きないように心がけています。



10:25  |  太っ腹顧問の軽いお話  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.12.20 (Mon)

自動車

「ランボルギーニ・カウンタックが復活する」とネットのニュースで見た。
私のような世代では、子供の頃に「スーパーカー・ブーム」というものがあって、各地で「スーパーカー・ショー」なるものが開催された。私もそういう車に強く惹かれ、近所のデパートの屋上で開催されると聞き、飛んで行ったものだ。
一番のお目当ては…そう「ランボルギーニ・カウンタック」だった。座席に座ってポラロイド写真を撮影する…ってサービスが1,000円で実施されていて、奇跡的に親がお金を出してくれた。(当時の1,000円だから…高いよね!?)その写真は今も自宅にあるけれど、当時ポラロイド写真も出だしの技術であって、今見ると記憶の断片と同じように薄く消えかかっていて、なんだか寂しい気持ちになってしまう。
そんなことを思い出しながら新型の写真を見ると、(著作権とかあるといけないので、写真の添付はしない)まぁデザインは賛否両論あるのかも知れないけれども、個人的には
「カウンタック」の名称を継承するにふさわしい…と思っている。ただ、残念なのは
112台限定ってことと、価格が2億6千万円程度ってこと。
かといって、仮に1万台作って、価格が1/10の2,600万円だったとしても、手も足も出ないのだけれども。所詮、庶民にとっては夢のまた夢…のお話。
 ちなみに、初代の「カウンタック」をデザインしたマルチェロ・ガンディーニはそのデザイン開発について、「スーパーカーに居住性とか快適性を求めることは無意味」「スーパーカーとは、いろんな意味で見るものに驚愕を与え絶句させるような存在でなければならない」と言っている。「カウンタック」はまさにそのような自動車で、現在においても異彩を放っている(と個人的には思っている)。だが、氏の好きな車のひとつに「ワゴンR」があって(所有していたようだ)「日本の小型車はよく走りとても利便性が高く素晴らしい。」と絶賛していたあたり、大変興味深い。

一方、庶民が購入可能な昨今の車はどうだろう。なんだかここ数年で急激に価格が上昇してきたような気がする。例えば買い換えようとしても、前回と同様の予算では同じような車は購入困難であり、車格というかクラスを下げなければ買えないといった状況なのではないか。実際私も車のリコールでディーラーに行った際、頼みもしないのに新型の見積リを出されて驚いた。価格は約1.5倍。ああ、もう私にはこのクラスの車を買い替える資格がないんだ…と思い知らされたのでありました。(ディーラーさん…逆効果でしたね。)まぁ、それなりに原因はあろう。今ではカーナビがついていないと何かと不便だし、ナビがあればTVも見れるしネットにも繋がる。危険回避ブレーキだの誤動作防止装置だの車載カメラだの、あるいは自動運転とか、体調不良や事故時に緊急連絡ができるエマージェンシーボタン等々、駆動系では環境に配慮したハイブリットとか完全電気自動車など、確かに少し前の市場とは一線を画す技術が著しい速度で登場してきたようなイメージだ。
だが、個人的には受け入れ難い。本当にそんな装備が必要なのか。

 私が免許を取った頃といえば、毎年交通事故で亡くなる方が3万人以上いて、ちょっとした社会問題となっていた。それが今では(確か…)1万人程度である。自動車運転者や歩行者などのマナーが向上したり、運転技能の高い人が増えた…とは思わない。むしろ悪くなっているような気さえする。また、運転者人口が減った…とも思わない。けれども、死亡者は1/3に減少しているのだ。
 恐らく要因は車側にある。エアバックや衝突安全ボディなどのテクノロジーが、死亡者を減らしているのだろう。ハイテクに頼った結果、である。昨今登場した自動ブレーキや踏み間違い防止装置、あるいは自動運転など、今後ますます事故減少に効果を発揮する…と容易に想像できる。ただ、何だかおかしな進化ではないかと強く思う。

 『安全安心でクリーンな未来の車を作り込むといったプロセスの中では、もはや
【運転者】こそが最もイレギュラーな存在である』これが現在の自動車開発の実態では
ないか?
自動車をいくら作り込んでも、運転者のマナー如何で事故は発生する。ならば運転者の運転制御技術に関係なく、車をコントロールしてやれば良い…そういうことなのだろう。
極めて近い未来、自動車はきっと「操る」といった歓びのない製品で溢れるのだろう。
購入者は運転者として信頼されず、半ば選択の余地もなく自動運転などの様々なテクノロジーを詰め込まれた結果、高額になってしまった車を買うしか選択肢はなくなるのだ。
自動車趣味の人には、到底耐えられない未来である。ドライバーは全く信用されていない。

車に乗る人がすべて自動車趣味の人ではない?まぁ、そうかもしれない。ならば問う。
自動車を買う際に「車種を選ぶ」以上、多かれ少なかれ趣味趣向が反映されているのではないか?だが、運転技能が必要なく、勝手に目的地まで運んでくれる車なら、もうノーデザインの箱形状でも、何ら問題ないのではないか?排気量がいくらだとか、車格が大きいとか小さいとかの選択肢さえ、技能を鑑みる必要がないのだから。そうなると免許は本当に必要なのか?そもそも所有する意味があるのか。
また、自動運転車が巷で席巻するようになると、今度は自転車や歩行者のマナーが強く求められることになろう。今のように「とにかく車の方の過失割合が高くなる」はもはや通用しなくなるに違いない。自動運転車よりも歩行者や自転車などの方が信用されなくなる。

 ささやかな自動車趣味を持つ私は、そんなことを時折考えつつも軽い溜息ひとつ。
そんなとき、馬力はあるけど決して運転手の技能を補ったりはしない硬派な車の登場の
ニュースを見ては憧れを抱く。
そう、私が乗りたかった「クルマ」はもう手の届かないところにあるのかも知れない。



13:56  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.10.14 (Thu)

SDGsとその違和感


皆さんは「SDGs」という単語をご存知ですか?正しくは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」といい、「えすでぃーじーず」と読みます。
SDGsは2015年9月の国連サミットで採択された、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた環境目標…らしいです。(ああぁ話が堅苦しい…)

 性格がひん曲がった私が思うのは「G20で決めたことすら守れない各国首脳陣が、SDGsと名称を変えてやんわりと発信し、民間にもそれなりの責任を負わせよう…ってことで言い出したうわべだけのスローガンであり、ただの綺麗ごとだろう」って気がするってこと。いや~ホントに私、性格悪いわ。
(だって、2015年採択だけど、こんな話聞こえてきたの2020年頃からですよ?)

 昨今ではテレビ・ラジオやネットでもそれなりに話題として取り上げられているようだが、聞こえてくるのは「17の目標」があるらしい…ってことだけ。それも17って…多すぎて憶えられない。肝心な「で?そのためには?」という部分もよくわからない。
というか、たぶん未だに「何それ?」って人も多いと思うのだが。

 しかしながら、その実、個人レベルでは分かる必要がないのかも知れない。
『持続可能な【開発】目標』という文言を見れば、個人で何かを開発してる人って、ほとんどいないに等しいだろうから。
ただ「じゃあ、何でわざわざ民間の放送などで取り上げてるの?」という新たな疑問も湧いてくるのだが…。

 まぁ確かに昨今地球温暖化とか、海面上昇、気候変動その他諸々、地球環境の著しい悪化によって、さまざまなことが問題視されていますが…
例えば発電。国内では総発電量の1/2(以上?)を原子力に頼っていたが、震災の影響で厳しい状況に追い込まれた。やむなく代替を火力発電で賄う状況も、国外からは「環境によろしくないのに何事だ」などと指摘され、(何だかよくわからないが)将来的には水素を一緒に燃やすことでCO²排出量を抑制する方向で調整…という方向性を示しているとか…。そんなんで排出量調整できるの?なぜ今やってないの?懐疑的になるよね普通。

 あるいは自動車。
「2030年をメドに内燃機関で走行する自動車の新規販売を事実上認めない」方針を各国が次々に打ち出してくると、日本もそれに乗っかった…が、自動車業界が反発しているとか…。開発・製造の現場では「電気自動車を生産する方がCO²の排出量が多いなど、むしろ環境に良くない」「簡単に期限を切られても、必ずしもスムーズに開発できるわけではない」等々が反発の理由。消費者側の立場で言えば、そうやって作られた新しい自動車っていったいいくらするの?一般人が買える範疇の価格帯なの?って内容でかなり心配にはなる。

 さて、ここまでは前振りなのです。あとは私の個人的な所感の話。
これまでのお話を踏まえ、個人的にはもっともっと心配なことがある。いや、たぶん皆思ってるはず。「このままでは将来、絶対的に電力が足りなくなる」ってことを。
例えば、今現在。すべての自動車が突然電気自動車になっちゃったとしましょう…。
その電気はどこから供給するのでしょうか…。コンセント?給電施設?いやいや、
そういう設備的な話じゃなくて…。

日本に視野を限定してみれば、原子力で潤沢に電気を作り出した過去とは違い、今は火力で何とかしのぐ状況で、その電力はこれまで通り各家庭、もの作りの現場や経済活動、信号や街頭などのインフラに使うためのもので、自動車に供給する電力なんて想定していないでしょう?国内ではナンバー登録車が8,000万台程度あると言われています。毎日充電する必要はないでしょうが、何千万台もの車の充電を、今の電力供給量で賄えるとは到底思えません。これは日本に限ったことではなく、どこの国でも同じようなことが言えるでしょう。たとえ原子力に回帰したって同じこと。明確に電力が不足する未来しか想像できないのですけれども…。

 さらに、内燃機関の車から電気自動車の車へ変わりつつある過渡期には、需要減に伴うガソリンスタンドの閉店で、残った店舗に車が集中し、並ばないと給油不可にならないか?
一方、電気スタンドはインフラ整備が遅れ、やはり大混雑。既存のマンション住まいの方々は自車の駐車場に給電設備がなく、車自体の価格も高騰。人口密集地での自家用車所有はますます厳しくなりクルマ離れもやむなし。それどころか、新たな発電所建設も進まず(そもそも何発電なの?によって近隣住民から反対される恐れもある)その頃にはバイクも車椅子も自転車も何もかもが概ね電動化に拍車がかかっていて、結果・先進国でありながら停電なんて日常茶飯事…かも。地球温暖化と言われ、気温は上昇しているのに暑い夏にクーラーはおろか扇風機すら動かせなくなるとか…ああぁ考えただけで恐ろしく、そこはかとない不安が…。まぁ、勝手な妄想と言われればそうなのかもしれませんが…。

 皆さん、「えすでぃーじーず」とか呑気に唱えている暇はありません。
ホントに実現可能なのですか?大丈夫ですか?結果的に今以上の格差社会を生んだりしないのですか?個人的には相当疑わしく、詐欺商法に乗っちゃった的感覚があります。
願わくばここ5年くらいの間で『あの気持ちは只の心配し過ぎだったね…』と思えるほどに、世の中代わって…前に進んでたらいいのですけれども。



13:55  |  古参社員 ”K” の気ままな散文  |  TB(0)  |  ( ^ω^)コメント数→(0)  |  EDIT  |  Top↑

2021.10.14 (Thu)

太っ腹顧問の軽~いお話し

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最近、写真のようなポケット・ラジオを百均で買いました。台所用品を買いに行った時、
レジ脇に陳列してあって、800円という価格に思わず衝動買いしたのです。お陰様で、ステイホーム週間の真っ最中も、イヤホンで放送を聴きながら、記事を書いていました。人生には何かを変えないといけない時がありますが、それが楽しいことでなければ苦痛なので長続きせずにうまく行かないで尻切れトンボに終わることが多いですね。
私は事務所と自宅の往復を30分ほどのウオーキングにしてダイエットや健康管理を兼ねて行っています。ウオーキングは目的なくダラダラと歩くだけなら長続きしないので、このポケット・ラジオが大活躍しているのです。
プチ改革と言いますが、このポケット・ラジオのような小道具が必要ですね。ラジオを聴くことで「楽しい」がウオーキングに加わったのです。「楽しい」を実感できるから天候が悪い時でもウオーキングを継続できています。さらに、番組が楽しかったら、もう少し聴こうと回り道するようになりました。楽しい番組が増えたので、歩く距離が伸びています。
お陰様で体重が75kgになり、身長マイナス100という当初の目標値をクリアできました。歩くという単純な運動ですが、ラジオを聴きながらという事で楽しい運動にプチ改革できています。ホンマ、こんなプチ改革ですが、何かを変えるのに小道具が必要と再確認しています。
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